僕たちは戦えない KTRs184

僕たちは戦えない

僕たちは戦えない
だってお母さんが駄目っていうも〜ん
僕たちは戦えない
だってお勉強が忙しいも〜ん
僕たちは戦えない
だって喘息が・アレルギーが・・・だも〜ん
僕たちは戦えない
だって怖いも〜んも〜んも〜ん・・・

・・・・・・・・・

「ママ、ぼくは大丈夫だよ、
ちょっと血が流れているだけさ」(BD)
「ママ、僕は怖いよ、
血なんか見たことないよ〜」
「煩いわね、お家で勉強してなさい、
戦争ゴッコやりたきゃ、ゲームでやりなさい」
「ママ、でも文科系の草履大臣が、
文科系はもういらないって言ってるよ・・・」

・・・・・・

ITがホワイトカラーを不要にした
第X次産業革命
金融覇権が軍事覇権を先導する
第X次世界大戦
晋三陛下ヨレヨレヨボヨボ

copyright KTRs(ケンタローズ)184

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カラス 4月27日

Parking Lot @ Back of Supermarket in Nishijin

Parking Lot @ Back of Supermarket in Nishijin

スーパー裏の駐車場、
魚の腸の入ったトロ箱に、カラスが穴を空けて、
嘴を差し込んで腸を引き出していた。
コンデジを向けると、とりあえず飛び去った。

1 Crow Pecking Fish Bowels + 1 Crow Just Watching? = In Peace?

1 Crow Pecking Fish Bowels + 1 Crow Just Watching? = In Peace?

しばらくすると、舞い戻って来た。
苦労して空けた穴だ、全部食ってやるぞ、かな?
ところが、これを見つけた別の一羽もやって来た。
(ちょっと見えにくいが、右です)

1 Crow Complaining? + 1 Crow Aiming? = Starting Battle?

1 Crow Complaining? + 1 Crow Aiming? = Starting Battle?

おい、なんか用かよぉ? これはオレのだぞ。
どうやら、お友達でも連れでもなさそうだ。

今日は、とてもよく晴れて暑かった。
小戸のダイソーではツバメの雛がかえっていた。
もう、五月だねぇ・・・ ではないか・・・

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「太陽ににっこりは、両親ににっこりと同じだ、
だが、おれは誰にもにっこりしたくない。
自由とは、この不幸のことなのか。」
(AR「五月の軍旗」1872年5月)

2月5日

Cloudy Sky @ Atago Home

Cloudy Sky @ Atago Home

心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
(正午の管楽(くわんがく)よりもしげく
琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(『春と修羅』より/宮澤賢治)

Sudden Snow w/ Thunder @ Meiji St.

Sudden Snow w/ Thunder @ Meiji St.

Je ne suis pas Kenji, Shinzo,… Japonais.

白人どもが上陸する。大砲だ!
洗礼を受け、着物を着て、働かなければならない。
おれは心臓に止めの恩寵を喰らった。
ああ! こうなるとは思ってもみなかった。
(AR「悪い血筋 Mauvais sang」)

Je ne suis pas Kenji, Shinzo,… Japonais.

Je ne suis pas Kenji, Shinzo,… Japonais.

かつてカミュの『異邦人』を読んで、
ナイフを光らせるアラビア人を、
主人公ムルソーが無感動(impassible)に
ピストルで射殺するシーンを、
不思議な感慨で読んだことを思い出す。
太陽が黄色いせいだった。
末尾の感動的な「世界の優しい無関心」と対比しても、
カミュの意図はぼくには分からなかった。
スペイン系の母との母子家庭で育ち、
貧民街からエリート校に通ったカミュは、
アルジェのフランス人には、
あれが実は日常的な光景だということを、
書きたかったのだろうか。
だが、この質問の相手はもはやいない。

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どこに行くんだ? 戦いへか? おれは弱いぞ!
みんなは進んで行くんだ。道具は、武器は・・・
もう時間だ!
撃て! さあ!おれを撃つんだ!
撃たないんなら降伏してやるぞ。
― 卑怯者め!  ― 自殺してやるぞ!
馬の脚もとに身投げしてやるぞ!
ああ!・・・
― こんなことにも慣れていくんだ。
これがフランス人の生きる道さ、名誉への小道ときたもんだ!
(AR「悪い血筋」)

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全身転移癌による壮絶な死。
だが悲劇でARの人生を飾るのも、
歪んだ見方に思える。

刈られっちまった悲しみに・・・ 10月7日

Too Much Crazy Hedged Weeping Rosemary!

Too Much Crazy Hedged Weeping Rosemary!
@ Home Parking Lot

ローズマリーの生垣風

Too Much Crazy Cut Haunted Wild Ginger!

Too Much Crazy Cut Haunted Wild Ginger!
@ Home Parking Lot

アオイは幽霊

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汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる

汚れっちまった悲しみは
たとえば狐の革裘
・・・・・・・・・・・・

これは有名な中原中也の詩です。

ぼくは中原中也も小林秀雄もあまり知りません。
ただ、ランボーの「盗まれた心臓」を訳した時に、
中也のこの詩と比較したくなりました。

この詩は、「盗まれた心臓」より、
遥かに叙情的・抽象的に読めます。
でも、この「汚れっちまった悲しみ」は、
けっこう具体的な何かのようにも思えます。
リンクした中也のサイトには
汚れっちまった主体は長谷川泰子という読みと
中原中也という読みがあると解説されています。
この詩の「狐の皮裘(ごろも)」(泰子を暗示)
の前には「たとえば」とあり、これで、
泰子ではなく中也が主体だと、ぼくは思いました。

ランボー研究家の宇佐見斉氏が、
中原中也のランボー訳「幸福」が、
小林秀雄の訳をかなり使用していると書いていました。
中也は泰子を、小林秀雄に送りだしたような印象があります。
中原中也と小林秀雄の間に、
汚れっちまった取引があったのでしょうか・・・
そう、ぼくは考えてしまいます。
ぼくは彼らの研究者ではないので、妄想ですが・・・
(「幸福」のぼくの訳はこちら、私訳・エッセイはこちら

中原中也は小林秀雄の創ったランボーの幻影に
蝕まれ、衰弱したのではないたろうか。
そして、あれは、覇権という絶対を求める
時代の狂気  ― les aspirations du moment ―
の仕業ではなかったろうか。

「さらに、ある記念の礼拝とある出来事の中で、
時代の熱狂、または、おれたち自らの重大な悪徳により、
赴かなければならないあらゆる礼拝に。
・・・・・・
どんな犠牲を払っても、どんな姿になろうとも、
たとえこの世ならぬ旅にあっても。
― いや、もはや、「その時」では。」
Dévotion / A. Rimbaud

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橋姫さんの人形展のビデオを掲載しました。

人形は、汚くなろうがボロボロになろうが、
生命を持たないので、汚(よご・けが)れはしない、
それが人形の感じさせる悲しみでしょうか・・・